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あの木舎

きみがボクのことを幇間と思ってることは知ってるよ。そう、ボクが普段やってることは幇間そのものだ。たとえば、いまあの週刊誌がまだあって、あの「若者たちの神」という連載があったら、ボクはひろゆきクンを心からヨイショすると思うんだ。若者に取り入るとかそんなことを考えているんじゃない。彼らがどの程度のものであるかは、わかっているよ。そういう経験は積んでいる。ホンモノなんてそういるわけがない。
自分にないものを持っているというだけで、ボクはその人に興味を持つし、その個性を尊重する。そういうことなんだ。
それから、いくら他人がボクのことを反骨精神がある、とか褒めてるつもりで言ってくれても、ボクはそういうタイプじゃないことは知っている。照れた形でボクが否定しても、TVの視聴者にはそんなの見え透いている。嘘っぱちだ、ただの幇間じゃないかとお見通しなんだと思っていつもゾッとしているよ。

だからボクは旅が好きなんだ。
風の色や匂いがその土地その土地で違うのを感じて感激する。
消費文明の気配を意志の力で消して、その土地の風の中にいると、昔の人たちのざわめきまで聞こえてくるような気がすることがある。

もちろん、自分に嘘をついているというか、そんなことは承知の上のことだけど。

たとえば、その土地に土着できるかといったらそんなことはできないし、ある程度は定住できても、その土地の人たちとはいつまでも距離をおいた浮いた存在でしかない。髪の白いひょろっとした男がいつのまにかちょっと離れた場所で彼らをながめている。彼らにとってボクは、「文明の生態史観」的な興味を持った学者か観察者でしかない。自分の学説にそった質問をしないで、彼らと一緒の生活やことばを取り込み、それをまねようとしているところが違うかもしれないが。「スローライフ」のすすめみたいなことを言って、バカにされたりしているんだけど、あれはボクのあこがれを書いたものなんだ。実際そんなことはボクにはできなかった。だから旅をして、世界のいろんな土地の空気の中に自分をおいていると、自分の故郷に帰ったような感じになってとても落ち着いた気分になれる。



引用;ル・クレジオ地上の夢,現代詩手帖特集版,思潮社,2006.10.20.

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