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あの欺枠

We want to bring them to justice.
あの国ではまだ個人の尊厳に重きをおいている。人が殺された事件は、あいまいさを排し、すべてが隠されずに公の目にさらされなければいけない。被害者の人権は無視されてはいけない。
どこかの国みたいに、目の前で生きている人間だけに気を使って、「和を尊ぶ」ようなことはしない。空気読め!と言われても、はあ?それ何?というわけ。赤狩りの教訓があるわけだし。

たとえば、「疑わしきは罰せず」って、簡単に言っちゃってるけど、そういうことじゃないんだけどね。ちゃんとした個人がない国、誰も肝心なことについて直接ふみこんでこない、どこかの国とは大違いだから。

排除された被害者はたぶん「免疫」を持っていたんだろう。彼にコントロールされない力を持っていたから脅威として認識され、消されたのかもしれない。

彼がTVに自分をさらしているときに、その非言語行動(キネシクス)を観察していたよ。ストレスのサインがはっきりわかった。嘘をつくときの癖なんか、みごとに出ている。

…疑惑の焦点に近づくと嘘をついたり、焦点をぼかしたりなんて、…自分のやったことをよく知ってる…

それ以上に…

…一番嫌なのは、プロージビリティ(plausibility)、つまりもっともらしさだね。まったくの空っぽで、何もない。

それは、「人権侵害だ」とかなんとか言って彼を擁護している一群のライターたちにも共通していることだよ。なさけない。健全な社会を維持するのは各個人の義務だ。この世界を破壊しようとするものを打ち負かす。そうだ、我々にはできる。


あ、ぼくのマリオがきみのルイーズ帽子を飛ばしてしまったようだ。ごめんごめん。でも、ミスリードしようとしてる人がいるようだからね。


引用;「三浦和義」擁護論を一蹴する,鮎川信夫全集7,思潮社,2001.4.1.
スリーピング・ドール,ジェフリー・ディーヴァー,文藝春秋社,2008.10.10.

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