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あの法源

そう、ひとこと多いってよく言われるよ。
このあいだのあれも、オレは、「人の命は我にあり、天にあらず」ってことを言いたかっただけなんだ。他意はない。

まぁ、あとですぐに謝るようなことは最初から言うなってことだよな。
懺悔して、許されるなんて思ってないけど、言ッちゃったことはしかたないだろ。
そういうふうに心の中で思ってることをすぐに表に出すのはオレの性格だからしかたない。まぁ、言い方を考えればいいというわけでもないと思う。
あちらこちらの顔色を窺いながら、自分のほんとうに言いたいことを隠してるなんてことやってるとマズいことになるよ。グダグダと実のないおしゃべりしてるまに、事態は動いてとんでもないところに進んでしまう。

機をみて断行する勇を持つべし、だよ。
あなたたちは、見るべき相手を見ていない。
あいも変らない追随外交だとか言ってるけど、パートナーが今までどおりつきあってくれるわけがないことは言われなくてもわかっている。
あっちの次のリーダーも決まったし、まわりの情勢も変ったから、こちらが援助しようと言ってもみかえりは期待できないよ。

みててごらんよ。
クルーグマン教授がこのあいだNY Timesに書いてただろ。
いま、××ばのアヒルが泳いでいるんだよ。
あ、放送禁止用語か。すまん。
後任が決まって退職間近の人間がやってるから、経済が機能不全に陥っているわけだ。
でも、それは次のものの登場までにやっておかなきゃいけないことなんだよ。

彼の就任は2009年1月20日だよな。
それまでにつぶすものはつぶしておく。

大きな工場が次々とつぶれる。失業者が増える。
公金が投入されても、死に体の金融機関は次々と連鎖的につぶれていく。
不況だ。
国債の売れ行きは悪化し、財政赤字は急速に拡大し財政は破綻する。
外国投資家たちはドルを信用しなくなり、ドルは急落する。
ドルは国際備蓄通貨としての地位を失う。

あとに残るのは何だ?

次に就任する彼はゲイツ国防長官を留任したろう。
レアル・ポリティークだよ。

他の国が古臭い兵器をいくら持っててもダメだよ、役に立たない。

一番チカラを持つものがリーダーシップをとる。

オレがやろうとしてることは、そういうことを見越してやっているのさ。
現実主義者は運命と争わない。
もちろん、一度全てが壊れて、その後に再登場できるかどうかはわからないけどね。
まあ、日本が降伏したとき、ジイさんは67歳だった。
オレは今年68だ。
じゅうぶん間に合うよ。

引用;吉田茂とその時代,ジョン・ダワー,TBSブリタニカ,1981.8.5.

あの豹電

あなたの声は彼らに聞こえません。

どんどんあなたの意志も聞かずに、ベルトコンベアーの上にのせられた製作中の機械に行うように、既成のマニュアルにそったいろんな操作を彼らはあなたに次々と与えます。そう、ほどこしを与えるように行うのです。あなたの懐かしい思い出は取り上げられ、それと引き換えに、あなたが見たこともなかったような断片の記憶が加えられ、何度も何度もくりかえされるうち、とうとう以前の自分はどこに行ってしまったのだろうという感じがしてきます。前後の脈絡がなくなり、現在の自分と今まで生きてきた人生の関連がわからなくなります。どこか秘密の隠れ場に逃げ込もうと思っても、すぐに見つかってしまいます。

自分の心がけ次第で自分のまわりのものごとがいいものに変化する、たとえば笑いながら作った氷の結晶はニコニコした顔をしているとか、そんな考えが何の役にもたたないことがわかってきます。自己責任なんて人に向かって言ってる人間がいちばんうさんくさいんですから。なんでも人のせいにする人ほどそういうことを言うんです。

暴力です。そういう暴力は精神的なダメージを与えます。あなたの生きがいだったものがすべて取り上げられ、なくなってしまっているのに気がつくでしょう。そうなったらもう、たしかに生きている意味がなくなってしまいますよね。わかります。生命の危険を感じるのは当然です。だんだん追い詰められて行くのが自分でもわかる。だから、ひょっと浮かんだ自分の個性的なアイデアを元に、自分をとりもどそうと、直接的に世界と関係を持とうとします。

以前なら原色のペンキをぶちまけるというような表現手段もありました。
そういう間接的なコミュニケーションは現在、無効です。
それは相手の感受性に信頼を置いている人がすることです。
何度も言いますが、あなたの発することばは彼らに聞こえないのです。
だから、物理的な暴力をふるう人がでてきます。
でも、そうなったらむこうの思う壺になってしまうのですよ。
彼らはそれを狙っているのですから、そんな手にひっかかってはいけません。
みごとに抹消されてしまいます。

まず落ち着いて、彼らのいいなりになっているような振りをしてやりすごしましょう。
彼らは自分でエネルギーを作れないゾンビのような生き物です。
人から直接エネルギーをとらなければ死んでしまうのです。
自分が作ったものでないものを、受けたたときの状態そのままで繰り返しているだけの生き物です。
自分がたまたま見つけたエネルギーを守るために、それを打ち消すエネルギーの存在は許しません。
哀れみの目を持って接しましょう。

彼らの多くは消化する力も吸収する力もないので、与えられたエネルギーを消費するといったほんとに単純な人生しか送っていません。
あなたの目の前には彼らが見捨ててしまった原材料が無数といっていいほどあるのです。それらひとつひとつを味わい、何度も咀嚼して自分の身にすればあなたの心身は頑強になり、どんなことでも対処することが可能になるでしょう。

彼らはそれら原材料を表面的にしか見ていません。
あなたは、それらの中に潜んでいる深い叡智をみつけるでしょう。
内側を磨いていくことです。

あなたの声が聞こえない人たちに期待しないことです。
しかし、生きることにあきらめてはいけません。



引用;認知症と共に生きる人たちはどんなケアをもとめているのか,永田久美子,ケアされること,岩波書店,2008.8.26.

あの華花

カバラの紅い糸を手首にまいたらいいってあの子に教えてあげたのは私よ。邪悪な目から守ってくれるって。トーラにのってるわ。トーラにはそんな事書いてないって?ただの習慣にすぎないって?もっと勉強なさい。よく読めば私の言ってることもわかるわ。
ちゃんと効いたでしょ?あんな変な裁判も、なにごともなく無事に済んだわけだから。
よかったじゃない?

このごろもいろんなこと言われてるけど、みんなまわりの人間の欲得ずくで流れてる噂だから、彼自身はちっとも気にすることないのよ。あんなことに関わってる人間なんて碌な死に方しないんだから、見てればいいわ。
お金なんか増えても面倒なだけだから、私みたいに、なにか理由をつけてチャリティに使ってしまえばいいのに。え?もうやってるって?まだまだね。愛と哲学がないから、彼のものじゃない。

子役のときから成功した人間って、私もそうだけど、まわりの人に気を使っちゃう。
浪費家だっていわれてるけど、消費することで自分の身の回りにいる名前も声も知ってる人間が喜ぶんだから、あれでいいのよ。

そう、あれのことね。ほんとなの?改宗したって言うのは?ちょっと信じられない。
でも、キリストより有名だって言ってバッシングされたグループもいたけど、預言者はただ神の言葉を伝えるだけだから、あんな風に自分を顕示するのはわからないわね。自分を陥れる罪深い人たちまで自分の命を犠牲にして助けるっていうけど、嘘くさいって言えばそうなのかもしれない。あそこらへんにはいつも欺瞞の匂いがプンプンしてるから、世の中の差別されてる人たちは、そんなのイヤになって別の方向に行っちゃうのかもしれないわね。デトロイトに最後の預言者が現れたなんて言い出したら困っちゃうけど。

あの子はもともと食が細かったから、私も無理やり食べさせたことがあったけど、食事を断るのに冗談で「いまラマダーンの月だから」って言ったのがそういう風に伝わったのかもしれないわね。案外そんなことだったりして。

根っからのエンターティナーだから、そんな嫌な噂でみんなを喜ばしても自分が磨り減っちゃうだけだから、いいかげんにしなくちゃ。根もない噂はほうっておいても消えるかもしれないけれど、有る程度大きくなったら否定することも必要。あの子も深刻な病気を持ってるんだから、無視していてはストレスがたまる一方で体に悪いって心配してるんだけどね。ハワイの私のうちに泊まりに来なさいっていつも誘うんだけど、、、あそこはのんびりできていいのよ。

え?私のこと?
うまくいってるから心配しないで。
9回目?
そんなの忘れちゃった。

あの丸薙

う~ん。
で?って言われてもねぇ。
そんなことは十分知っている、そこから先のことが知りたい、、、
お前の言ってることは、何の役にも立たない、、、
売れる商品になってないってことですよねぇ。

じゃあ、もう少しだけ考えさせてください。
ああ、ああ、そうですよねぇ。
あなたの妹さんはそういうこと言うわけですか?
うん、どこでもそうですよ。
うちだって、「お姉ちゃんは仕事に逃げてるのよ」みたいなこと言うんですよ、この私に。
そうなんですよ。そのくせ自分はちゃっかり金はらって業者に丸投げしてる。平気な顔して消費してる。だから、ちっとも悩まない。損ですよねぇ、兄とか姉は。何の恨みがあるんだろうってもんですよ。小さいときからずうっとそう思われてきたんでしょうねぇ。肉親だから、遺伝子も同じようなものだし生育環境もほとんど同じだから、相手の考えてることが手に取るようにわかる。だから、一番きつい言葉がやってくる。こちらは色んなことで、ちゃんとかばってやってるのに。ああ、それがいけなかったんだろうか。なんで人の解答を求めるんでしょうね。一度くらい自分の考えで動いたらいいのに。

うん、わたしの言うことなんか気にしなくていいんですよ。
ああ、ぜんぜん聞いていないからって、、、ひどいな。
いやいや、そんなに恐縮してもらうようなことじゃないけど。
まぁ、実際、何の役にもたってないんだから。
自分のことを話すだけで楽になるんですか。そうですか。そりゃよかった。

あ、そっちへは行かないほうがいいですよ。
あの人たちはわかりやすいこと言ってる分だけ裏でなに考えてるかわかんないんだから、こわいですよ。どこへ連れて行かれるのか、わかったときはもう遅いし。でも、あなたは行っちゃうんだろうな。

あの駆体

私ならもらったって捨てますね。
わざわざ金を出して買う人の気が知れない。
そりゃ商売だからね、なんとでも言うよ。それはかまいません。かってにやってればいいんだ。だけど、わが国の消費者はバカだから、あれがいい、これがいい、となったらすぐにとびつく。バカなタレントがちょっと「アタシも効果があった」と言っただけで、われもわれもと、よってたかって品切れにしてしまう。そのかわり飽きるのが早いからね。いつまでもそんなものにかかわっていない。それはいいことだ。

だけど何度も同じ手にひっかかってるのはみぐるしいね。
ちょっと考えればわかるじゃないか。
わが国の消費者はナイーブというか、すれてない、というか、たとえばどこかの三流大学の教授が、あっ、あんたのことじゃないよ(笑)、黙りなさい!  まだ、しゃべってるんだ。
えーと、どこだったかな、あっ、そうだ、どこかの教授とか、研究所がお墨付きを与えています、って言い出すんだよね。「長期に連用しても安全なことが確認されました」とか、「××の効果があることが動物実験で証明されました」とか言ったとしてもだよ、それはその売ってるやつの広告の中にしかでてこないんだ。その専門家のグループの中で認められているかどうかなんて、まだまだ未知の部分がいっぱいあることをだよ、さも、今、買わないと損ですよ、みたいにして売りつけてる。

むこうの連中のやることは、もうわかってるじゃないか。メラミンだかメタミドホスだかチグリスユーフラテスだか知らないけど、あんな騒ぎがあったのにまだわからない。もうかるとなったらなんでもやるんだよ、あの連中は。それで、自分のひがみ根性の毒を自分の政府にぶっつけりゃいいものを、まわりまわってこっちへまわってくるんだ。で、いくじがないから、こっちの官僚はヘラヘラ笑ってるんだよ。お互いにはねッ返りのバカがいて苦労しますね、ってなもんだ。どうなったんだ、あの騒ぎは。
むこーの消費者は、その点、慣れてるからね。なにしろ、白髪三千年のながーい歴史があるわけだ。うん、わかってるよ、白髪三千丈だろ、わかっててしゃれで言ってるんだから、へんなつっこみはしなくていい!
白髪三千丈だから、商売人の言うことは、はじめからいいかげんに聞いてるんだよ。この間芥川賞をとった中国人の作家がいたろう。私は文学のことはわからないけど、雑誌であの小説をちょっと読んで、つまらない感傷じゃないかと、ほうりなげてしまったけど、あの作家が別の雑誌で、あの国のリーダーってのは風見鶏で、風を見て一番に逃げるのがリーダーの条件だって言ってる。感心したね。それにひきかえ、あの国の庶民は、じっとたえてる。三千年耐えてる。それだけしぶといんだ。

なにを言いたいかというとだよ、あの国の庶民は、顔見知りの商売人がいいことばかり言ってる、ある程度つきあいもあるから、じゃ、買ってあげようか、、、そこで大学の先生とか権威が保障しているとか言いだす、じゃ、かえって危ないからよそう、となるわけだ。そんなのに保障されてる商品なんて碌なもんじゃない、となるわけだよ。

なぜ自分がそれを「ほしい」のか一度考えりゃいいのに、バカだよ。私もディズニーランドは好きだから、よく行くけど、、、いいじゃないか、人の勝手だろ、、、スペースマウンテンでキャーキャー言ってるのはいいんだけど、たまに自分から選んで乗るからいいのであってね、日常で勝手にスペースマウンテンに乗せられて、感情を上げたり下げたりされるのは疲れるだけで不健康だ。なぜ、そんなものに乗せられなきゃいけないんだ?そんなに消費は大事なのか?私なんかモノのない時代に育ったからね、ダイエットなんて、何を言ってるんだろう、と思ってしまうよ。だいたい、マジメにダイエットを言ってた人はみんな若くして死んじゃってるだろ。美白のあの人とか、ごはんだけのあの人とか。本を書いてちょっと売れてもうかったら、リバウンドしてそのままでいるのは、みんな自分の命が大事だからだよ。体重が減りました、コレステロールの値が下がりました、って食事のバランスや運動を変えないで、日常の習慣は以前と同じでそんなことになったら、病気だよ。毒をもられてるんだ。そんなモノを売ってるやつらはみんな人殺しだ。

あの線語

ええ、ええ、最初は怖くて、この人何なんだろう?という感じで。
有無をいわさず、答えろ!だからね。もうちょっと考えさせてくれ、と言っても聞いてくれない。あの性急さはなんだろう?「異論が存在することは許さない、なぜなら、わたしが正義だから」ってこと?

それだけ自分の存在に不安を持っているのかな?だから、自分を少しでも否定するものがあってはいけないってことになる。話しててもつまんないよ。蓼食う虫も好き好きって言っても通じないんだろうなぁ。みんなが同じ顔になっちゃったら面白くないよ。でもこのごろはみんな化粧して、どこかで見た口当たりのいい顔になってる。便利だからね。

あ、あの制度ね。あれが「赤紙」と比喩されるのは案外当たってると思う。自分が所属している共同体への義務を求められているんだから。
戦争と死刑制度とは同じシステムで、殺される側とか殺す側とか言っちゃうとわかんなくなる。そんなこと言うのは自己欺瞞でしかない。だって、そんなの両方にきまってるじゃん、意味ないよ。自分が含まれている集団について、自分を棚上げしてなにか言っても始まらない。「イヤなら出て行け」って言ってる人と同じレベルじゃん。

だからと言って、今年のノーベル賞作家みたいに、兵役を免除してもらう代わりに海外勤務を選ぶと永遠に荒野をころがってる根なし草になっちゃう。才能があればボクもそうしたいけど、ずっと「ボクはそこにはいないよ」と言い続けるってのは結構エネルギーがいるんだろうなぁ。ボクだったらすぐに枯れちゃうよ。

ボクは90%の人がやるようなことを一応やってみようと思うんだ。結婚もしたし、子どもも2人生んだし、恋愛もしたし、大きな手術もしたし、貧乏で電気を止められそうになったこともあるよ。電気の集金の係りの人とは友達になってしまった。

これを言うとみんな怒るんだけど、自然の災害とこういう共同体がしかけてくる行為とは似ているところがある、と思う。だって、ナマズに「地震反対」って言ってもしかたないように、直接「戦争反対」「死刑反対」って言うだけむなしくなるってことあるよね。それなら耐震強度の高い建物を建てるとか、どこかに2週間分の食料を備蓄しておくとかしたほうがいい。インターネット使って個人が具体的な身の回りの情報を発信することが災害のとき役に立ったってこともあったじゃん。

サバイバルのためには、自分の外にあるなにかに依存してたら負けだよね。
だから、ちょっと待ってくれ、なんだよ。
自分の答えをそのたびごとに作っていかなきゃダメなんだよ。
その空白を埋めるために、(他人の)答えを性急に求めたい気持ちはわかるんだけどね。自分の経験で埋めようよ。

あ、もうこんな時間か。
西風が吹くからシェルターを閉めるよ。

あの戒我

僕は、そんな国粋主義者と言うほどのものではないのだが、留学中に他の国の人から「あなたの国の国旗がなつかしいでしょうと言われてもピンとこない」と言っていた友人については複雑な感情を持った。しかし、ある種のイデオロギーに汚染された組織が牛耳る教育の現場のせいにするつもりはない。彼らに直接触れたものは、案外逆の感想を持つのではないかと思えるからだ。たとえその教師のふるまいや性格に心酔していても、そのイデオロギーによって操られ喋るときの彼らの未熟さ幼さが全面を覆う口ぶりで発せられることばを誰も本気で聞くものはいない。あれがなけりゃいい人なんだけどね、と僕らみんなは思っていた。

美術の教師がそうだった。
僕は、彼の授業の時間が楽しみだった。
変な教条的な宣言文で赤い顔をして四方八方につばを飛ばす季節をのぞけば、ふだんの彼は面白いやつだった。
ある時彼は「悪趣味な芸術」について紹介してくれた。

つまり、人間以上の主体がわれら人間に伝えようとしているのではないかと思えるような表現なんだ。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(彼は苦労してフルネームを言った)って君たち知ってるだろ?気味の悪い小説を書く作家なんだけど、その世界なんだよ。
日本画に使う顔料は鉱物由来のものが多いけれども、植物や動物由来のものもある。紅花の赤や藍の青、サンゴのピンクや臙脂虫の分泌物の濃い赤。
サンゴ虫が自分たちを材料にして人間が描いた絵をみたらどんな感じがするだろう、みたいなことなんだよ。

たとえば、ある展覧会でコスタリカアーティストが、「飢えた犬」を展示した。犬に餌や水をやることを彼は禁止した。犬はそこで死んでいった。
実際はそうなのかどうかはわからない。誰も見ていない夜に作者は犬に餌や水をやっていて、最後の日に街に放した、という説明をするものもいた。作家が示したのはそのコンセプトであって、「安全地帯にいて批評しかできない観客の欺瞞を突いたのだ」というわけ。芸術と言うにはあまりに陳腐で、話にならない。芸がない。ベタ。しかし、それ以上に「悪趣味」だ。この作家は人間そのものにぴったりとへばりついているものを材料にして絵を描いたんだよ。人肉を材料にしたといってもいい。

このあいだの火曜日、街の中心を走る道路に黒い筋がとぎれとぎれ、えんえんと引かれていた。
もちろんそれは芸術じゃなくて事故、傷害事件だ。そういうことを思いつくこと自体が「悪趣味」なわけ。ボクは「悪趣味」なのかな。被害者や遺族の感情を思えば、そんなことを考えるものは鬼だ、人間じゃない。逆に言えば、人間の閾を越えたところに行ってしまったものが、そういう行動をすると言っていい。外部からの声ですね。私たちには陳腐なものに見えているんだけど、すぐに思考停止して頭の中から追い出してしまわなければいけないものだ。じっとみていると気持ちが悪くなる。でも誰の心の奥にも存在しているから、誰に起こっても不思議じゃないことなんだ。

そう、ボクの言いたいのは、、、この対極にあるものが米帝のいわゆる「きれいな戦争」だと思う。ひとりを殺せば殺人犯、何十人を殺せば国家の英雄…

それから先はつまらない話だった。

あの裁玉

不特定多数のメスにアピールするためのオス同士の示威行動としての戦いは「かわいい」し健康的なものだ。自分の間抜けな顔を鏡でみてしまえばいつかさめてしまう。

なつかしい恥が始まったように、ひとりで人が死ぬ。彼はなにかのアイデアにとりつかれている。他人を自分のコントロール下におきたいという欲望が彼を動かす。彼は危機的な状況にいる。彼の物語を語る声は彼の外にある。しかし、ひとりで死ぬものが持つ大義を共有しないものが彼に呼びかけても声は届かない。彼の死は可能性を奪いつつ与える。彼のおこした事件は不在のまま、その世界にしばらくの間現前する。

どこからそのアイデアが彼にやってきたのかは、誰にもわからないのだろう。
人に聞かれ、彼が「だれでもよかった」「どこでもよかった」「なんでもよかった」と答えるのは、そのアイデアが彼の本質的なものに根ざしていないことを示している。たまたまそうなっただけのことなのだ。彼にもその秘密はわからない。それまでの彼の生活行動の先にそれらがあった。なにかの慣性のままに動いた結果、あのようになったのだ。

>彼はとにかく目立ちたくなかった。なにはおいてもエクリチュールの快楽のために…すると、エクリチュールは彼だけのものになる。



引用;カフカの夢分析,フェリックス・ガタリ,杉村昌昭訳,水声社,2008.10.10.
大いなる拒否,モーリスブランショ,湯浅博雄訳,現代詩手帖特集版ブランショ2008,思潮社,2008.7.14.

あの蝶辞

癒え 継ぐ 先ず 汝荒れ 茎腫れ
癒え 繋いだ 先ず 汝荒れ 茎吊れる
癒え 妻ろ わず淫 幸あらんたい
安論産 産みなし つい癒え後追う
家巣 音離 畏怖魔王 吊る裸馬 餓え凍て
仇開く冷や 歯は波 粗太 離波 運伝
音離 私輪図 卵売身
案打吾 来意 院間辺絵 腕下げ

秋病む 思惟 参り触れ駆所 陰蔵王
秋病む 須微 些運 挫傷野辺
秋病む 冷や 時回向 御前臥す手撫す
尾折る 面罵 些運頭 オバマ追う根
家巣 音離 畏怖魔王 吊る裸馬 餓え凍て
仇開く冷や 歯は波 粗太 離波 運伝
音離 私輪図 卵売身
案打吾 来意 院間辺絵 腕下げ

絵図 美遊帝 院座し 流場 神吟 院離場
絵図 美遊帝 院戯れ 陰謀 院座す禍
バナナ時 為し得る気や 断つ血座 美遊帝
穴鳴れ 面罵 院祀る 裸馬図 哀
家巣 音離 畏怖魔王 吊る裸馬 餓え凍て
仇開く冷や 歯は波 粗太 離波 運伝
音離 私輪図 卵売身
案打吾 来意 院間辺絵 腕下げ

音離 畏怖魔王 吊る裸馬 餓え凍て
仇開く冷や 歯は波 粗太 離波 運伝
音離 私輪図 卵売身
案打吾 来意 院間辺絵 腕下げ


参考;Bob Dylan - Tomorrow is a Long Time

あの羅々

ダイエット禁煙キャンペーンは、しかけられる側にとっては百害あって一利なしだと思う。
しかける側は一利だけなのだが。
人をコントロールできる喜びとその結果において経済的な富を得られるであろうという期待とは一続きのもので、ほとんど同じものを違う角度からみているように私には見える。だからこの場合、結果としての富を必要としない人はなかなかいない。

百害あって一利なし、のほうには異論があるだろう。それらに成功して、結果として健康を得られるのなら利ではないか。生きとしいけるものにとって、これ以上の利はないではないか。

しかし、私が見た限りにおいて、「しかけられて」成功し、心身の健康を得た人などひとりもいない。成功して健康でいられるのは、「しかけられて」成功したのではなく、それとは関係がない次元で自分を根本から改造した人だけのように見える。「ガンが消えた」--「もともとガンなんてなかったんですよ」のパターンとよく似ている。結果は必然なのだ。


たとえば、このごろ連続して起きた「ひきづり逃げ」事件とか、「だれでもよかった」殺人事件について、私には言うことばがない。言うとしても、嫌な世の中だとしか言えない。つまり彼らの無意識には共通して、アキバのあの事件と同じ構造の断片が存在しているのだろうということだ。その時彼らには無意識の中から出てきたなにかが憑依している。その時彼らにどんなことばをかけても無力なのだろうという諦観が私にはある。彼らは過剰な食物やタバコのように自分の心身が依存しているものから無残にも裏切られ、慣性のまま進み、その延長に破滅があった。

逆の立場の人たち、「しかける」人たちについてはこういうことになるのだろう。
彼らは、「しかけられる」人たちに「あなたは何のために生きているんですか?」と問う。反語だ。「自分がわかってないんじゃないですか?」「生きていてもしかたないんじゃないですか?」

嫌悪感しか催さないそのような問いは、彼らの価値観を考えれば、生まれて当然に見える。彼らは自分たちが「何のために生きているのか」はっきり自覚している。無意識から出てくるものをうまく抑圧できずに失敗している人たちを見て、あきれてしまう。頭悪いんじゃないの?彼らは自分たちが見ていることが信じられない。あのような人たちは自分たちの理解できない世界に生きている人たちなのだ。せっかく法律を作ったのになんてことだ。この分だと、もっと網目を細かくして、具体的な条項を増やさねばならないようだ、とか思っている。

私は、「しかける」人、「自分がわかっている」人については寛容になれる。
「しかけられて」失敗した人の人生オワタ\(^o^)/とは違う意味で、彼らも人生オワタ\(^o^)/のように見えるからだ。お体お大事にとでも言っておこう。無数に湧き出てくる砂によって描かれた物語の中では、彼らの存在はほとんど記憶に残らない。

>行列は進み、〈永遠の記憶〉が歌われている…

引用;Борис Пастернак,Доктор Живаго(1957) 

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