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あの有李

「気の利いた風なことを言う人って、興味引かれてつきあってみると、大抵つまらない…」
と理恵さんが云う。
僕は鴉を想い出す。

「鴉と猫ってよく似ている。猫が空を飛べたらきっと鴉になるにちがいない。」

理恵さんは今日は黒いワンピースを着ていた。
この町の家々の真白な漆喰の壁によく似合う。
空が青い。

歩き続けるが、町には人気がない。
屋根から覗いているのは鴉なのか猫なのか。

僕たちにくっついて歩いている影がますます濃くなる。


引用:百合子さんは何色,村松友視,筑摩書房,1994.9.5.

あの遼所

…真珠湾頭少年飛行士の信念を羨むのみである。
莞爾(かんじ)として降下する彼らの眼底胸中には、
史記的世界など影もとどめなかったであろうから。


あなたは世界の中心を信じられない。
あなたが言う〈きみ〉と〈ボク〉にはわたしは含まれていない。
あなたには運命ということばはないのだろう。
やむにやまれぬなりゆきでできた関係はそこにはない。
あなたのセカイはすべてあなたが望んだものでできている。

だからあなたは、媒介項なしに直接セカイに飛んでいく。
セカイのビルに。(どこでもいい)
セカイの肉体に。(誰でもいい)


引用:『司馬遷』,武田泰淳全集第11巻,筑摩書房,1978.12.20.

あの悦郷

越境した男が見たもの。ミスター石(Shi)には、彼女に伝えたいことがある。そのために今日ここに来たのだ。

イラン人のマダムと公園で知り合った。隣り合ってベンチに座り、お互いに少ない語彙で会話をしようとするが、ままならない。あきらめ、彼女はペルシャ語で彼は中国語で自分の気持ちをしゃべる。祖国にいたときにはしゃべらなかったことを。楽しいひととき。今日も彼女は来るだろうか。彼女を待ちながらミスター石は過去を想う。ある名前を思い出す。あれは...

ミスター石は空中に向かって大声をあげる。するとそれに反応して誰かが機嫌よくあいさつをかえす。マダムが籠いっぱいの秋の葉っぱをもって彼のほうに歩いてきている。そのなかから一枚とって、ミスター石に手渡し「美しい」と言う。
ミスター石はその葉を観察する。葉脈が枝分かれしていって一番小さくなっていくところまで。黄色やオレンジ色のわずかな色合いの違いまで。これまで彼は世界をこんな細部まで見たことはなかった。…すべてがくっきりと明るいことに気がつく。愕然とするが気持ちが惹かれていく。

この世界では、この国ではすべてが細部までくっきりと明るく照らし出されている。かの地では声に出せなかったことが、記憶の奥に閉じ込めていたことが、次々と明るい照明を浴びてよみがえってくる。ここでは個人ひとりひとりが、それぞれの想いを抱いて生きていることがはっきりと理解できる。それぞれの個人が、なにもおそれるものはないこの世界で自分から光を発している。

ミスター石がしゃべっている言葉は、すでにこの国のことばになっていた。


引用;A Thousand Years of Good Prayers, Yiyun Li, Random House, 2005

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