So-net無料ブログ作成
検索選択

あの静聴

そこでわたしは目覚めた。しわくちゃになったシーツは汗で素肌に張り付いていた。エアコンが切れていた。

きのう借りたレンタカーが、駐車場の白線内にきっちりと正確なマージンをとって止めてあった。過去の自分のしたことに満足感を覚えてシートに登りこみベルトを締めてキーをまわす。頼まれた家に向かう。

彼女はいなかった。なにかの行き違いなのだろう。家の前で待つことにした。

あぁぁう゛ぇまりぃぃぃあ ぐらあぁぁちぃあ ぷれな。
消えそうに、とぎれとぎれのかすかな声がどこかで唄っている。

彼女の家の前では、幅広い道路をへだてて高層マンションの工事が行われていた。
屋上のクレーンが水平にゆれる鉄骨を引き上げていく。

風ではためく工事現場の目隠し用囲いの黄色い布をぼんやり見ていた。
おかしな夢だった。
朝の夢の中でわたしの手は、すべりそうになる柄を、やれやれというあきらめきった思いで握りしめているのだった。仕事だからしょうがない。早く済ましてクーラーの効いた事務所で、水滴の浮かぶ丸いコップで、冷えた麦茶を飲んでいたかった。おおぜいの人がひっきりなしに動いていた。まわりを流れている素材上の色の一つ一つが、それぞれが向かう方向を指定されていた。組み立てられて大きな欲望ができあがるのだろう。わたしは走り回った。自分に課せられた義務を果たしているのだった。


あぁぁう゛ぇまりぃぃぃあ ぐらあぁぁちぃあ ぷれな。

自分の一番近くから、自分の体の中から聞こえていた声だった。

突然、あとからあとから涙があふれ、止まらなかった。



引用;『危険なやつら』,チャールズ・ウィルフォード,浜野アキオ訳,扶桑社,1996.2.29.

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。