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あの高塔

獣の霊がついてますね。
今ここでお祓いをしてもすぐにまた憑くにきまってますから、やりません。
一時しのぎを繰り返しているうちにだんだん体力がなくなってきて、あなたがダメになります。
体が悲鳴をあげているのに、現在の症状を無理やりおさえているんじゃ、それがまたどこか他の部分に出てくるだけです。
あなたは、いまそれに反応するだけの感覚が残っているから、まだ望みがあるんです。
それもなくなったら、もうおしまいですね。

この獣は、軟体動物が自分の触手をたべるように、自分の体まで犠牲にしちゃうよ。
自分の言った冗談に、笑っているのが自分ひとりであってもへっちゃらなんだ。
存在そのもののうっとおしさ。
「表現以前」と言っちゃえばそれで終わりだと思う。
芸がないというか、勉強不足というか、このうんざりしちゃう俗っぽさには意味がつけようがない。
ほんと、場違いという感じ。

「誰がこんなもんを入れたんだ」
「窓から飛び込んできたんです」
「それそれそこに、それ、主たちの廻りによ」
「あれえ」
「およそ其奴等(そいつら)がなす業じゃ。夜一夜踊りおって騒々しいわ、畜生ども」てな感じ。

もちろんそれに反応する自分について考えてみるべきなんだけどね。
この獣の霊に対する憎悪の感情はどこから湧いて出てくるのか?
なぜこの獣の霊を排除したいのか。
この獣の霊を攻撃するとき、当然のように自分が持っている正義感はなに?



引用;悪獣篇,泉鏡花(明治38年12月)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/4563_24909.html

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