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あの翻訳

「つまり、この大量の憎悪は何なのか、ということだ」
ドートマンダーは、顔をしかめて言った。

目の前の尼さんは、両腕をあげて、見当がつかない、お手上げだというジェスチャーをした。今は会話の時間ではないようだ。

「ええと、で、つまり、このなんだ・・・この不寛容の精神というか、人の生命や財産に対して手加減なくあらゆる手をつくして躊躇なく攻撃を加えるというこいつらの心情を慮ってみるに・・・」

彼は言葉を続けた。

「それも相手が所属している組織の権威を道具のように使って相手の攻撃をする。卑怯な手だ。それだけ自分たちの自意識も攻撃され傷ついていると感じているのだろう。目には目を、ということなんだろう」

尼さんたちは、熱心に彼の口もとを見つめ、お互いにジェスチャーで意見を交換し合って笑った。彼のことを話しているのだ。

「やっかいなことに、自分たちの正義がニセモノであることは承知の上だ。未来の自分たちに同じことが起ったらどうするつもりだ、という風な啓蒙や説得も無駄でしかない。彼らはわかっていてやっている。彼らには神はいない、と思う」

全員が凍りついていた。習慣なのか。神という言葉がでると無言になる。神の声を翻訳してくれる人はこの中にいないのか。いたら彼らのヒーローになれるのに。

「冗談を言っていいか?死刑廃止論者に彼らが言った。殺生はダメだと言うが、お前は肉も食べないのか?」

シスターたちはげっそりした顔で不同意の気持ちを表してくれた。
つまらない冗談はコミュニケーションを断絶させる。



引用;『天から降ってきた泥棒』,ドナルド・E・ウエストレイク,木村仁良訳,早川書房,1997.6.30.

あの円状

言葉ではなんとでも言えるよな。そんなにお上のすることが気に食わないのかい。
たしかにあんたの言ってることは、芯の部分では正論かもしれないよ。いまどき珍しいね。人格者だよ。田にしたもんだよイナゴのションベン、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシだね。

だけど、あんたが人格者を全うするそばから、明日、また、少女が犯され、血を流すんだ。罪もない人が何の意味もなく殺されるんだ。言葉だけじゃダメなんだよ。結局、奇麗事なんだよな。

それに人間なんて、正論でくくれるわけねーんだ。ぺらぺら調子に乗って言ってるしりから自分のちっぽけな感情がしみついて汚れたぼろが、ちょろちょろっと見え隠れしてるんだよな。俺たちは、そゆところに敏感だから黙っちゃいられなくなるね。正論からはみ出した泥はねが、きちっと自分にはねかえってくるのがおかしいよ。お里が知れるっていうのか、人をバカにした権威主義が言葉のはしばしに出てくるんだ。

だいたい、客商売の基本が、てめー、わかっちゃいねえんだよな。押し付けるなよ、自分の愚痴を。あんまりいい気になってると、営業所に電凸して文句言うよ、名前覚えたから。

たしかに、異常な正義感にとりつかれたクレーマーが、熱にうかされ、どす黒い憎悪の臭い息を吐いて一方的に攻撃してるみたいに見えるんだろうね。おまえさんたち、え~と知識人には。しかし、どこからそのエネルギーが供給されてると思う?

頭じゃないんだよ、自分の体が素直に欲求してるんだ。

大衆社会?衆愚?
コントロールしようなんて思ったとたんに、よけいに変な方向に行っちゃうよ。いいのかい?

そんなに心配することはないよ。円を描くようにしてぐるぐるまわっていて、俺たちにも次どこにいくのかわからないくらいなんだから。



引用;『虹列車・雛列車』,花村萬月,集英社,2003.6.30.

あの小熊

彼は机に座ってその本を開いた。目当ての箇所を読む彼の唇が動く。しばし間をおいてポケットから指定されているものを取り出し、机の上に並べた。

最初のものは古いしわだらけのコダックの写真だった。彼とその動物が写っている。動物は檻(おり)の中でノンキそうに両手で笹を握って食事中だった。彼らはカメラにむかって内気そうに微笑んでいた。2つ目は血液のはいった小さなビンだった。裏通りの野良猫をつかまえ、自分のポケットナイフでのどを切り裂いたのだ。3つ目はポケットナイフ。最後に黄色い僧衣の一部。トランジットで滞在中にインタビューに答えた空港内の会議場のイスに引き裂かれたそれが残っていた。盗んできたものだった。

部屋の中央をまるく開け、床にチョークでペンタグラムの線を定規を使って引いた。

明かりを消し、呪文をとなえる。
「ダークサイドの神よ、私のために願いを聞いてください。私はささげものを約束するものです。それのかわりにダークサイドの恩恵を懇願するものです。ガス田はあきらめましょう。毒ギョーザも、うやむやにしましょう。あなたの国の民族浄化問題にも目をつぶります。かわりにあの動物をお借りしたいのです。絶滅動物のための基金としてそれ相当の金額は新銀行東京が用意しています」

手に持った小瓶から血をペンタグラムのなかに振りまいた。

部屋の中で何かが起こった。
黒い空気が緊密さを増し、どぶの臭いが立ちこめた。


ペンタグラムのなかで大きな影がもがいていた。

はちみつにまみれた黄色いクマが、五星紅旗のTシャツを着て恨めしそうな目でこちらを見ていた。

「罠にかかったのか。助けてあげられなくてすまない」

何人もの人間が同じような目にあっているのだろう。


引用;Sometimes They Come Back ,'Night Shift',Stephen King,1978

あの鵞鳥

偽キリスト・偽預言者おこりて、大いなる徴(しるし)と不思議とを現し、為し得べくは選民をも惑さんとするなり。

これはモルモン教やクリスチャンサイエンス、ローマンカトリック、フォスタライト教の信者に向けられたものではなかった。非難はすべて信者を奪っていく興隆したばかりの異端の宗教--世界の全ての教会 (Church of All World)に向けられていた。

ジュバルはおだやかに言った。
「きみは記者としては、読めるものを書いているよ。だけど戦略としてはネアンデルタール人なみだね。相手のメンツをもっとたてなくてはいけない。真の友人であるならば、身内のような言葉使いをしなくては。それでないといつまでも反感がなくならない」

しかし、マイクが勾留されている間に糞青たちによって教会が爆破された。

「汝は神なり」

ネスト(巣)の水兄弟たちはマイクによって安全なところに避難されていた。

マイクは言った。
「単純さは初デートのときには十分魅力的にひきつけるものなのだけど、それ以上の熱い関係になるためには複雑さが必要です。複雑さはお互いの意見交換の相乗作用です。」

OK。グロク(認識)した。


引用;Stranger in a Strange Land,Robert A. Heinlein,1961

あの天人

「新しい天使」と題されているクレーの絵がある。それにはひとりの天使が描かれており、天使は、かれが凝視している何ものかから、いまにも遠ざかろうとしているように見える。かれは顔を過去に向けている。たぶんかれはそこに停留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて組み立てたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。

目もくらむ高さから、天使が落ちていく。

一生懸命説得して人を動かそうとしている人がいる。
ことばを過信しているのだ。

実践家というものは、自分を相手に合わせる、ということはしない。決して自分のほうから押し売りはしない。相手が自発的にやらないかぎり、その人は変わらないからだ。世間のあれがいいとか、これがいいという評判で動いているのでは、その人は成長しない。そのままの姿で一生を終えるのだろう。

実践家は風に乗り、歴史をさかなでする。

私に角は生えていません。

真のポレミック(論争的態度)は、食人種が嬰児につかみかかるように愛情をこめて、眼前の事実から真実をみつけ、思いやりと自制心を持ってお互いの関係の中で語り合うこと、お互いの存在を承認し合うことなのだ。


引用;『歴史哲学テーゼ』,ベンヤミン,今村仁司訳,岩波書店,2000

あの転石

うん、そうだよ。もうそこにはぼくはいない。

あの時あの場所でぼくに出会って、きみはぼくのことを幽霊(spook)みたいに思ったんだろうね。たぶんきみには幽霊を見ることや教会に行くことが、まだ見たことがないほどうっとおしいことを集約しているものになっているんだろうね。

聞く耳をもたないから、しかも常時攻めの姿勢でいるから、そのエネルギーが外に向かってるときはみんなにうっとおしがられても気にしないし、内にむかったときはそのまま2液混合実験しちゃう。結局、きみの中心には何もなかったんだね。

さて、いまどんな気分だい?
自分のことは自分がやれというふうにまかされたんだよね。
どこにも行くあてがないんだ。
みごとに身元不明の人になったみたいに。
仕事も住所も不定の人みたいに。

もう自分を例外にすることができなくなっちゃったんだね。
自分を何かと交換する必要がなくなったんだ、水や空気みたいに。

きみと出合った家の二階にひとつだけある西向きの窓から大きなイギリス産の楡の木が見える。この木はこの家の仲間といってよくて、家の上におおいかぶさって、力強く冒険的な根はやさしくからみつき、太い幹になって、その先は青白い芽の房が空中に浮かぶように消えている。人間らしさの範囲内で自分を保持している彼らのメッセージは、永遠ではなくて墓のこちら側で芽吹いてくる希望について伝えているようだ。家の中から楡の木をみていると、この家と楡の木とのより真実に近い関係性が稲妻のようにきらめいた。

もうひとこと触れておこうか。きみの1日の仕上げを終えるために。
庭に出てぼくたちは、楡の木の皮にまだ白い先端を見せて、豚の歯が何本も挿してあるのを見るだろう。「誰がこれをあなたに教えたんですか?」
その時、きみは答える。
ロンドンである冬にそのことを聞いたことがあるんです」

きみもあの人の名前を出さないでいる。まるでそこに幽霊がただよっているみたいに。


引用;
Like a Rolling Stone,Bob Dylan,1965 Warner Bros. Inc

Howards End,E.M.Forster,1910
http://www.online-literature.com/forster/howards_end/24/

あの無知

いったいどうなんだね。君には、自分が今、魂をどのような危険にさらそうとしているのかがわかっているのかい?

人の身は 悪人であることをまぬがれえない
防ぐすべなきわざわいに打ち倒されるから

幸福のときには 誰でも善人
不幸のときは 悪しき人

詩人はこう言っているようです。人間の中でいきているのだから、自分の性に合わないことでも自分をなだめて、自ら悪人になることもあるのだろう、と。
友人だけにオリンピックを見せてあげるのだから、変な報道はしないでくれ、でないと、入国ビザはもちろん、報道許可証は与えない。じゃ、こんどは悪人になりましょう。

あなたの言うように、悪人の報道でいいからあの選手の記録を伝えてくれと望んでいるのは私たちなんでしょう。だからと言って「北京オリンピックの視聴をボイコットしよう」では、快楽の自己制御-計量の技術としての知識を捨ててしまっている。金のことばかりけちけちして悩んでいるあの人たちと変らない。

湾岸戦争で、アメリカなんかがメディアを戦場に入れないようにして、ベトナム戦争の時のような反戦運動が起こらないように操作していた。官製情報をそのまま流していたメディア。魂を売ってイラクに行っていた記者たちは、その後自分の目で見たものからなにか真実をひきだせたのだろうか?ボードリヤールが「湾岸戦争はなかった」と言った。じゃこんどのこれは、なんだろうね。

悪人になる前にその人はすぐれた魂を持った記者でなければならない。そうでなければ悪人にもなれない。恐ろしいことは、しらずしらずのうちに自分の魂がなくなることです。
してみると結局、恐ろしいものと恐ろしくないものに関する知恵こそが、勇気なんだということになる。

勇気を持とう。

北京オリンピックはなかった。


引用;『プロタゴラス』,プラトン,藤沢令夫訳,岩波書店,1988.9.16

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