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あの倦厭

家の中はしんと静まっている。もれてくる外部の物音を、もう二度と聞かないであろう耳が集中して拾っていく。貴重な時間が煌めく宝石となって結晶していく。

自分はこの身を捧げる。他の殉教者の魂と合流するのだ。

檄文やわが身を捧げての行動を推し量って大衆は動かない。それは重々承知の上でのことだ。一部のマスコミが一時それを報道しても、官僚によってコントロールされたより多くのまことしやかな記事にそれは埋もれ枯葉のように朽ちていくのだろう。

その害についての学者の啓蒙は、精密な実験を繰り返し出てきた微妙な数字を元に何度も繰り返えされる。それは彼の心を凍らせた。同じ実験を自動車の排気ガスやアスベストで行ってみるが良い。
アスベストを扱う工場で働く夫の作業着を洗濯することで肺がんになった妻の解剖所見のレポートとあやふやな対象を追跡したコホート研究の結果とを比較すればいい。

「一小火山の爆発に類し、旧習慣に囚われたる者こそ驚きの目を瞠れ、大波瀾の近づきつつあるは種々の方面に現れている」

彼は床柱を背に正座し、さきほど父のカードを使い近くの自動販売機で買ってきた薄いクリーム色のパッケージを破って中から一本とりだしおもむろに口にくわえた。天が頭上に落ち、世界がぐらついた。あれほど鞏固に見えた自分の意志と勇気が、今は細い針金の一線のようになって、それに縋ってゆかねばならない不安に襲われた。

日輪は瞼の裏に赫奕と昇った。

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