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あの捷豹

ええ、ええ、そうなんですよ。
僕は「やたらたくさん部屋がある」詩人の詩や「障害児ネタを得意とする商売人」作家の小説の熱狂的なファン(本人たちには興味ない)なので、笑っちゃいましたね。

もちろんモデル小説じゃなくて、ちゃんとした作品になっている。

作者の母親が一番に忘れたテルコさんや作者の叔母さん(シゲちゃんやキミちゃんの保護者)についても同じ。
ふーん、と思って、次に、ちょっとはっきり見えすぎてる、そんなわけないじゃんと思い返す。画家だからなのか、余分な線がない描写はみごとに作者の像になってしまっている。ああ、「シズコさん」あっての彼女たちなんだ、そこまで描かれている。


作者の父親が死んだとき、「シズコさん」は「アータ、アータ、アータ」と絶叫して父の死体にすがりついた。

>まるで芝居で、芝居以上だ。でも芝居ではなかった。

社会に促された演技は芝居にみえるんだろうと思う。一週間ほどして実感のあることばがもらされるのを作者は拾い安心する。そのようなきつい関係が続く。

母を捨てた罪悪感は容赦なく、時代にその回答を求めたりする。

>いつから母はあの様な人になったのか私ははっきりわかる。
>終戦のどさくさのあと民主主義というなじみのないものの洗礼を
>受けたからだ。母は父に口答えをするようになり、子供をこづき
>回す様になった。時代のしつけに埋もれていた女の価値観が全部
>はがれ落ちたのだ。

信じてはいけない。
それが本当ならこういう理屈も通るはずだよね。
たとえば、若者のホームレス襲撃やオヤジ狩りは儒教の影響だ。
年長者を敬う精神は、敬われるべきなのにその責任を放棄しているものたちがいては困る。彼らは自分たちに施された敬老精神によって、不都合なもの達を排除し抹殺するだろう。時代の回答なんてそんなもん。


そして呪縛が解ける瞬間がやってくる。

>「母さん私もう六十だよ、おばあさんになっちゃったんだよ」
>「まあかわいそうに、誰がしてしまったのかねェ」

何かに許された、という感想とともに、作者が河合隼雄さんからもらった手紙の文章が引用されている。

「世の中はそういう風に自然に配置されているんですよ」


あ、笑顔だけどサングラスの後ろの眼が黒く光ってる。
ジャガー乗り回してる墓守娘なんていないと思うよ。
いい小説をありがとう。


引用;『シズコさん』,佐野洋子,新潮社,2008.4.25.
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