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あの耳栓

「この女の人、分解可能だよ(She comes apart.)」
子どもは解体し始める。
義眼がはずされ、義足、義手がスポッとはずされる。
やわらかな皮膚がめくられ、その下のラップにくるまれた内臓がとりだされる。
骨と筋肉をひっぱっていたワイヤがゆるみバラバラになる。

敵意に満ちた曇り空の下で、みずからのエゴの執拗さのなかに閉じこもって、子どもは熱中する。

「商品に手をつけるな」というルールに従うものはいない。

彼はすでに自分を含めた知の全カテゴリーの主人であり、全能であり、すべてに対する答えを持っている。もはや語るべき何事もなくなった時代に、恍惚を伝達しようとする。自然を否定し、みずからが自然的存在であることを否定するものたちの完結した存在様式の中に、微細な間隙をあける。系がカオス化する直前の縁に秩序を生み出し、適応としての多様性を産み出そうとする。

常軌を逸脱した行動に見える。沈黙によって回収するしかない情念によって、遠くはなれた限界の地から、自由なる愛の祝宴liberal love-feastを主催する。燃えるゴミの日のビニール袋とともに興奮はあとかたもなく消え、参加者の歓喜の声を誘い出す。

人間は行動の炎のなかに自己の否定性を汲みつくすことはない。




引用;V,Thomas Pynchon,Lippincott(1963.3)
『肯定と否定的思考への情熱』,モーリス・ブランショ,清水徹訳,筑摩書房,1982
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