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あの熱射

祭壇の前に木の棒が何本も立つてゐた。棒の先から木肌の削つたものがたくさんぶら下がつてゐるやうな形になつていた。無人の集落を出て、そのまま鬱蒼と茂る木々の間の細い道を山の南に下れば荒野があつた。「風勁(つよ)くして草も栄えず。浪哮(たけ)り砂飛びて、其凄まじさ久しく在るに堪へず。」海の近くに幽(かす)かな木叢(こむろ)があつた。立寄つて見ると小さな墓が二つ三つ並んで立つてゐる。昔から海で死んだ人の、此浜に漂着したものがあると、皆此処に葬るのが習で、偶々身寄の者が弔ひに来て、墓標を設けて帰らんといふのであれば、亦此処に建てさすのだと聞いた。

手つかずの自然のなかにではなく、人間の暮らしと自然との接点にある風景。風に飛ばされ色が掻き消へていくこの地の、天然と人間との交渉のひとつの結末とでもいふ痕跡が此処にあつた。

いま、自然と人間との境界でのボディカウンターの数字が8万を超へた。ジャン・ルイ・マルゴランなどに拠れば、2、3桁違ふといふ。数字はすでに逆転し、人間の数字が圧倒し、しかも継続して増加してゐる。もちろん私などには、鹿と間違はれて剥製になつた犬の気持ちなどわかるはずもない。


引用;『海の精神史―柳田国男の発生』,赤坂憲雄,小学館,2000.12.20.
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